医師であり弁護士であり弁理士でもある人を知っている。都内に一戸建ての広い家を持ち、外車も3台所有している。「初代でものすごく仕事のできる女性でね。結婚相手を募集中なんです」すると、女子学生は私に必ずこう質問してくる。「結婚相談所って何ですか?」中年以上の男性はこう質問してくる。

「その人は、3つの資格のうちどの仕事で食べてるんですか?」女子学生と中年男性は、弁理士という職業を知っているか否かで線引きができる。的に、性別と年齢の相乗効果が世間知というものである。

が、こと結婚になると話は違う。「結婚のスタートというのは何だと思います?」「婚姻屈を出すことではないんですか?」中年男性はそう答える。日頃から役所とのつきあいと闘いが多いので、紙切れ一枚の重さを男性は熟知しているのだろう。

しかし、結婚とは婚姻届を出して始まるものではない。前章のことで確認しておくと、私が書いてほしいと指示したのは「理想の結婚と予想の結婚」である。英文学でいう「ロマンティック・アイロニー」を期待していた。

第一の作品などは、そのことを意識して書いてある。妄想の思いのたけを文章にしている。しかしその例のように、多くの女子学生が詳しく書いてきたのは「理想の結婚相談所」である。自分を戯画化することにかけて、日本人は韓国人や中国人留学生の到底及ぶところではない。もちろん、結婚式は結婚をスタートするセレモニーなのだから重要である。

が、男子学般22生で「理想の結婚式」というものを書いてきた者は皆無である。結婚とは、男性にとっては区役所に行くことであり、女性にとっては結婚式場に行くことである。

結婚相談所の理想を想像するのは女性であるか、あるいは女性性という心である。男性は王子になる方法を考えるのに忙しく、結婚式までは考えない。王子になりさえすれば、結婚式などどうでもいいのだろう。

しかし、女性はセレモニーがなければ、台所にいるシンデレラのようなものである。王子の横に並んで結婚式を挙げ、「お姫様だっこ」をされてこそシンデレラなのである。

彼と別れたとしても、卒業までに結婚できる人と出会える時間は残されているとも思えず、私が志望している結婚相談所はあまり収入面で好待遇ともいえない業界なので、職場結婚をすると仮定するとその他の条件も満たした結婚ができると思えません。

そもそも私自身が滅多に男性を好きになれない性格なので、この頃は条件を白紙にしたとしても結婚することが不可能な気がして絶望的になっています。

条件を満たす結婚を待っているうちにどんどん時間だけが過ぎ、気がついたらお歳も超えて焦り始め、結局妥協した結婚をして「人生こんなもんか」とため息をつく日がくるようで恐ろしいです。