社会的に自分と同等もしくは上の相手と結婚することは男性にとって重荷なのだろう。ここでは、恋愛と結婚は切り離されている。現代でも、女性は家の中にいて、男性を立てることを求められている。女性に優秀な人材が多いのはいいことではないのか。

でも、フィアンセがよりを戻したいと言い出すシーンがある。ジョイをフィアンセと浮気させるために、ジヤツクがフィアンセにジョイをベタ褒めするからだ。フィアンセは、やはりジョイは「いい女性だった」と考え直し、わざわざ会いにいくわけである。

自分のものになったと思った瞬間に愛は終わるが、他の人に「彼女、いいね」と言われると、「そうなのか」とまた好きになってしまう。私はいつも頭で恋愛しようとしてきた。そのことがおかしいと思ってはいても、「男の人には経済力がなければ結婚はできない」という呪文が聞こえるのだ。

この世の中に心で恋愛している人がいるなら、私は頭では哀れみながら、心の底では死ぬほど妬ましいのだ。私が映画でラブストーリーを観るのを好むのは、私たちにとって結婚が恋愛から切り離されて現実化した分、どこかで純愛を求めているからだと思う。

結局は、純愛願望を想像の世界で満たしているのだ。私は仮想的世界でしか理想的な恋愛ができない。そう、その仮想の世界の極致が結婚式なのだと思う。結婚式の日、花嫁である私は純白のドレスに身を包み、美しい花束を両手に抱き、厳かな教会でグパージンロードを歩く。

そこに行きつく過程はどうであれ、結婚式のその日には花嫁は確かに神聖で汚れなきものなのだ。それは合理的であって、とても寂しいことでもある。

私にはずっと彼氏がいなくて、すごく好きな人もいない。男友だちは普通にいて、その中でカッコいいと思う人はいるけれど、特別好きになる人はいない。顔と将来の年収の対照表とを腕めっこしながら、自分にとっての最高の王子様を必死で探している。

それが、つまりは結婚というものなのだと信じているからだ。失恋して泣いている友だちゃ、ご飯を食べられなくなっている友だちを見ると、どうやったらご飯が食べられなくなるまで恋愛に夢中になれるのかを教えてもらいたかったと思う。

私は友だちの心境を理解するのに苦しんでいる。古典の活用表を暗記するよりも、方程式の解き方よりも、顕微鏡の使い方よりも、どうしたらそこまで人を好きになれるのかを教えてもらいたかった。でも一番知りたいことを、大人は一番教えてくれようとはしなかった。

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